ヨッシー松田の人生は旅ブログ

2009年~2013年、日本全国自転車旅。 ブログ http://tabibito1.blog88.fc2.com/ 2013年~2016年 ヨットによる日本一周完了(ブログなし、フェイスブックのみ)

2009年~2013年、自転車日本一周の旅。2013~2016、ヨット日本一周の旅。次はまた自転車旅に戻るため、準備中。

ヨット日本一周 青森~伊豆大島

2017年1月20日(金)

日本一周3


2015年8月6日。北海道南部、恵山の近くにある椴法華(とどほっけ)の港から津軽海峡を渡って青森側に渡った。

この日は浪も穏やかで良い風が吹き、追い潮もあって大帆走になった。経験の無い人には意外に思えるかもしれないが、いくら風で走れるヨットだからと言っても毎日毎日こんな風には走れない。向かい風だったり弱すぎたりすれば、エンジンの推進に頼らねばならん。概ね全体の9割以上はエンジン併用で行かねば予定の港までたどり着けないのである。

東北沿岸は震災のときにダメージを受けている。若干の復興はしていると聞くが、現在の状況はなかなか知ることができなかった。

行ってみるしかない状態で、探り探り進んでいった。

海図アプリには表示されている港手前にあるはずの一文字堤防が丸ごと無かったり、岸壁が工事中で停められる場所が限られていたりした。

また台風が多く発生した年でもあり、八戸や気仙沼、那珂湊などで10日間ずつ動けない状態があったり、なかなか予定通りに南下できなかった。

迷った末に東京湾も奥深くは入り込むことに決め、夢の島マリーナで2泊できた。一泊6000円と高額なので、気象状況によって2泊以上になるのは出来るだけ避けたかった。

運良く予定通り出航でき、しかも北よりの風でまたもや爆帆走できた。エンジンなしでほぼ一日中走り、伊豆大島まで直行できたのは上出来やった。

つづく

学校に行こう

2017年1月19日(木)つづき。

先の戸隠スキーで泊まった山小屋の電気炊飯器が壊れていたので、家でしまいっぱなしになってるやつを関学ワンダーフォーゲル部に寄贈することにした。地球倶楽部時代に購入し和歌山や滋賀県の出先で使用していたもので、一升炊きできる大きめのやつ。

オカンと二人暮らしでは全く出番がないまま押し入れに入っていたわけで。

組み立て自転車を引っ張り出して西宮市上ヶ原の関学へ走る。

高等部時代は自転車通学していた頃もあり、慣れた道筋をたどって行く。

P1193863


いつも立ち寄る松本商店。通称「ぼった」、あるいは「ぼったくり」。

商魂逞しいおっちゃんおばちゃんはいまだ健在である。今回はどちらにも会えなかったけれど。

ワンゲルの部室にアポなしイキナリ訪問して炊飯器を献上する。いま期末試験期間中なので、誰かは部室にいるやろうと踏んで出かけてきたのが正解やった。

身軽になって昼食は学内の食堂、東京庵へ。学内では食堂、学外の六番町では居酒屋をやっている。大学時代は部の先輩に連れられてさんざん飲み食いしたわけである。

P1193864


カツ丼大の玉子追加。ご飯がメリモリに入っていて先にカツや玉子が無くなったのでアジフライを別注。無事完食した。940円也。

東京庵で


実食中の姿をラグビー部員の勝川ヨウに盗撮されていてビックリポンや。勝川家とはカヌーやキャンプを通じて30年以上のつきあいがあり、3兄弟が生まれた頃から知っているわけで。その三男のヨウはKGのラグビー部なわけで。

20170119_134942


食後のコーヒーを旧学生会館で。写真の場所には学生当時、カウンターのコーヒーパーラーがあった。ソフトクリームとか生ジュースなんかもあったなあ。あのおっちゃんどうしてはるんやろ。

20170119_143345


毎回訪れる時計台2階の関学博物館へ。関西学院の歴史が色々展示されている。

20170119_142406


校歌、空の翼は卒業生の山田耕筰作詞、北原白秋作曲の名曲。校歌誕生秘話が明かされていた。

20170119_142723


20170119_142740


そしていつも必ず見ることにしているエンブレムの破片。

戦時中敵性語として規制され破壊された英語のモットー、Mastery for service のエンブレム。壊された破片を当時の学生が鳥取の実家に持ち帰り、このたび発見されて学院に寄贈されたものである。

P1193867


正門前の喫茶店TOP。しかし今の店舗は2階になっており、学生時代の趣ではないようなので、もとあった1階のほうのカフェに入る。ドリンクバー300円って安ぅ。学生なら200円やとは驚き。

P1193868


P1193869


内装は変わったけどこんな広さやったかな?とか思う。

以上

日本一周2年目 函館~青森

2017年1月19日(木)

2014年9月に函館までたどり着いたが、さすがに9月も後半になるとすでに北海道は晩秋の気候であり、海も荒れる日が多くなる。大間の漁師や函館の船乗りに聞いても、9月以降に北海道一周するのは至難の業だと言われた。

知らん人は気軽に、「9月やったらまだ間に合うんちゃうん?」、とか言うけれど、極寒と強風、波高のある海に耐えながら回っても少しも楽しくないのだ。

まず函館で冬の間係留できる場所を探すけれど、もし見つけられなかったらそのまま太平洋側を青森から岩手福島と南下していくしかないと思ってた。

幸いヨットクラブの桟橋に一つだけ空きがあって格安で係留できた。

冬の間は暇やし、たまにヨットの様子も見に来たいのでニセコのホテルで皿洗いのバイトをしながら春を待った。

2015年4月になり、函館に戻ってからは再出発の準備など。もっとも時間と手間のかかったのは船の臨時検査を受ける準備。プレジャーボートは備えてる安全備品によって、検査登録のとき陸から何海里離れられるかが決められる。いままでは5海里(5海里×1.8km=約9キロ)しか離れられない。種子島から函館までなんとかやってきたが、もっと沖合を通りたいときとか隠岐の島や佐渡島に寄りたくても行けなかったわけで。

一つ上の20海里までの検査を受け直せば沖縄まで行けるようになる。冬のバイトで貯めたお金で検査や備品の費用をまかなうことが出来た。

5月28日、函館港を出て時計回りの北海道一周にとりかかった。

日本一周2


5月後半だが北海道ではまだまだ寒い日が続く。ダウンの上にカッパを着て、毛糸の帽子にネックウォーマー姿で操船する。

検査受け直しのおかげで奥尻島や焼尻島、利尻島にも渡れた。冬の皿洗いバイトで知り合ったクモさんが利尻のホテルで働いてきたので再会し、電動自転車を借りて島一周できたのもありがたかった。

稚内では仙台のヨット、フェニックスさんとも出会い酒も酌み交わし、旅の情報をやりとりできた。

港に滞在していたとき、船の外の岸壁から声をがかかり出てみたら、ヨッシーの自転車日本一周ブログをずっと読んでてくれたという男性が訪ねてきてくれたこともあった。コメントなどはいただいたことが無かったのでそういう人の存在を知り得なかったのだが、ずっと旅の記録を書いてきて良かったと思った。

北海道周遊でもっとも心に残った景色の一つは知床半島である。自転車旅の時にも知床には行ったが、岬の先端までは船でしか行けない場所だったので、これを回ることができたのがうれしかった。

知床岬近辺は海流がぶつかるところなので難所として語られているが、ヨッシーが回ったときの数日は天候も穏やかで海も荒れず、世界遺産をじっくり眺めながらの航海となった。

北海道一周には2ヶ月の期間を計画していた。7月末頃までには津軽海峡を渡って青森から太平洋を南下するつもりでいた。結果8月6日に海峡を渡ることができたので、まあまあの予定どうりではなかろうか。

続く
livedoor プロフィール
記事検索
最新コメント